| 1573(天正元年) | 酒井田弥次郎(初代柿右衛門の父親)筑後地方(福岡八女市酒井田)の領主の子として生まれる |
| 1582(天正10年) | 肥前(佐賀)龍造寺氏との戦いに敗れ人質として肥前白石郷に住す |
| 1596(慶長元年) | 酒井田弥次郎(円西)の子として喜三右衛門(初代柿右衛門)生まれる |
| 1598(慶長3年) | 慶長の役にて鍋島直茂 朝鮮陶工多数(李参平を含む)を連れて帰陣 |
| (柿右衛門家古文書では高麗焼職人150名) | |
| 1616(元和 2年) | この頃朝鮮陶工李参平 有田泉山に白磁鉱を発見 磁器焼成に成功 |
| 1617(元和 3年) | この頃酒井田円西、喜三右衛門親子、白石郷より有田に移住 |
| 1626(寛永 3年) | この頃高原五郎七(豊臣秀吉御用焼物師)酒井田家へ4年間逗留作陶を教える |
| 1628(寛永 5年) | この頃鍋島藩御用窯を有田岩谷川内に設ける |
| 1643(寛永20年) | この頃初代柿右衛門赤絵付に成功 |
| 1646(正保 3年) | 初代柿右衛門赤絵物を長崎にて売り始める |
| 1650(慶安 3年) | オランダ東インド会社により有田焼が初めて輸出される |
| 1651(慶安 4年) | 『徳川実紀』に将軍家光が『今利新陶の茶碗、皿御覧ぜられる』と記してある |
| 1652(慶安 5年) | 京都鹿苑寺鳳林和尚の日記『隔冥記』に『今里之錦手鉢』をもらったことが記してある |
| 1658(万治元年) | この頃初代柿右衛門 金銀の絵付に成功 |
| 1659(万治 2年) | オランダ東インド会社、56,700個有田皿山に注文、この事により輸出量が飛躍的に伸びる |
| 1661(寛文元年) | この頃鍋島藩御用窯、柿右衛門窯のある南川原山に移る |
| 1666(寛文 6年) | 初代柿右衛門 歿(71才) |
| 1672(寛文12年) | 鍋島藩は有田窯場を本窯業者180戸赤絵業者11軒と定めた |
| 1675(延宝 3年) | この頃鍋島藩御用窯大川内に移る |
| 1677(延宝 5年) | この年に建立された京都西本願寺転輪経蔵の内部腰瓦に柿右衛門様式の色絵陶板が使われている |
| 1685(貞享 2年) | 「貞享2年」銘の土型が酒井田家に伝世している(以後明治までの土型約800点が伝世している |
| この頃諫早現川焼創始者田中形部左衛門、柿右衛門窯にて修業 | |
| 1688(元禄元年) | イギリス バーレイハウスの目録に各種有田磁器を記している |
| 1690(元禄 3年) | 酒井田家の秘伝書『土合帳 赤絵具覚(他見無用)』記される |
| 1693(元禄 6年) | 「元録六酉柿」銘の色絵帆掛船文葉形皿が現存 |
| 1710(宝永 7年) | この頃ドイツ マイセン窯にて磁器の制作に成功 |
| 1713(正徳 3年) | 「和漢三才図絵』伊万里焼の染付と赤絵金襴手の流行りを記し合わせて柿右衛門を名工として |
| 記している | |
| 1725(享保10年) | この頃ドイツマイセン窯にて色絵付けに成功、その後ヨーロッパ各地で柿右衛門写しが多く造られる |
| 1757(宝暦 7年) | オランダ東インド会社の有田磁器輸出が打ち切られる |
| 1770(明和 7年) | 赤絵屋登録件数を16軒とし、これを永代の限定数とする |
| 1807(文化 4年) | この年刊行の「睡余小録」に柿右衛門人形について「徳子吉野の像なり伊満利柿右衛門の造ところ |
| にて」の記述がある | |
| 1809(文化 6年) | 本窯業者を220軒に増加 |
| 1828(文政11年) | 有田大火 内山窯場をほとんど灰にする |
| 1871(明治 4年) | 鍋島藩御用窯廃止 |
| 1885(明治18年) | 東京上野の「陶磁器等の共進会」の折に農商務卿 西郷徒道により初代柿右衛門の功績を追賞し |
| 金30円を下付された | |
| 1890(明治23年) | 11代柿右衛門「第3回内国勧業博覧会」有功賞受賞 |
| 1893(明治26年) | 11代柿右衛門「アメリカコロンブス万国博覧会」2等有功賞受賞 |
| 1912(大正元年) | 11代片岡仁右衛門「名工柿右衛門」歌舞伎座にて初演 |
| 1917(大正 6年) | 11代柿右衛門 歿(73才) |
| 1922(大正11年) | 尋常小学校国語読本巻10に「陶工柿右衛門」掲載される |
| 1953(昭和28年) | 12代柿右衛門渋雄(13代)親子によって濁手素地の復元に成功する |
| 1955(昭和30年) | 12代柿右衛門「第2回日本伝統工芸展」にて日本工芸会賞を受賞 |
| 1957(昭和32年) | 12代柿右衛門「第4回日本伝統工芸展」にて文化財保護委員会委員長賞を受賞 |
| 1958(昭和33年) | 12代柿右衛門「ブリッシュセル万国博覧会」グランプリ受賞 |
| 1962(昭和37年) | 12代柿右衛門 4等瑞宝章受章 |
| 1963(昭和38年) | 12代柿右衛門 歿(86才) |
| 1964(昭和39年) | 13代柿右衛門日本工芸会正会員に認定される |
| 1970(昭和45年) | 13代柿右衛門佐賀県陶芸協会会長に就任 |
| 1971(昭和46年) | 国重要無形文化財総合指定を受ける |
| 1972(昭和47年) | 13代柿右衛門 紫綬褒章を受章 |
| 1976(昭和51年) | 柿右衛門古窯跡第1次発掘 |
| 1977(昭和52年) | 柿右衛門古窯跡第2次発掘 |
| 1978(昭和53年) | 13代柿右衛門 勲4等旭日小綬章受章 |
| 柿右衛門古窯跡第3次発掘 | |
| 1982(昭和57年) | 13代柿右衛門 歿(75才)正五位に叙せられる |
| 13代柿右衛門 有田名誉町民の称号を受ける | |
| 10月25日 14代酒井田柿右衛門を襲名 |

酒井田柿右衛門家 年譜




